この国は、なぜ古いものを大切にしないのか?

 

最近の再開発ラッシュには、かなりうんざりしています。

その土地土地ならではの、歴史を感じさせる街並みが、次から次へと消滅しています。

「耐震性」とか「利便性」とかの理由で、まだ十分に使える建物や、もう二度と手に入らない素材でできた貴重な建物が、同じような、つまらない現代建築へと変わっていく・・・

六本木も虎ノ門も、どこも似たり寄ったり・・・

旧ホテルオークラや、下北沢の「食品市場」といった、他にはない雰囲気を味わえる場所が減っている。

今よりも、気持ちに余裕のあった、あたたかい、昭和のなごりが消えていく・・・

 

最近の「新しい」街のつくりって、なんだか冷たいような気がしませんか?

たしかに「きれい」で「便利」かもしれないけど、どこも同じ仕様でつまらない・・・

いい意味での「無駄」が、非効率という理由で排除された結果、なんだか息苦しさをおぼえるのは僕だけではないはずです。

 

この前、グーグルアースを使って、1990年代前半を過ごした「博多」を旅してみました。

あの頃の住み慣れた街並みをストリートビューで走ります。

「あっ!この飲み屋さん、まだあるんだ!」

「あのスーパーが駐車場になってる・・・」

「えっ、なにこの道・・・昔はなかったのに!」

などと、なつかしさと、あまりの変わりようでの驚きとで、1時間以上も夢中になってしまいました。

 

このバーチャル・トラベルをやってみて気づいたこと。

それは、私という人間は、「あの時と変わらない風景」を無意識に期待してしまう、ということです。

新しいものよりも、「あの頃からあるもの」を求めている・・・

「変わる」ことよりも「変わらない」何かを探している・・・

それはノスタルジックな感覚とは異なる、永遠性への憧憬のようなものなのかもしれません。

 

その昔、サラリーマンの頃に、カンヌ、ニース、モンテカルロへ出張したことがありました。

出張といっても「展示会の視察」が目的だったので、ほぼ観光気分・・・

同行した得意先の方が、「渡辺さん。もう見学はほどほどにしてドライブに行きましょう」と提案されたので、ふたつ返事でOK。

視察を早々に切り上げ、BMWのレンタカーを借りて、隣のイタリアまで足を延ばしました。

 

売店で買った地図を頼りに、名も知らぬ田舎町を走ります。

どの街並みも歴史を感じさせるつくりで、初めて来たにもかかわらず郷愁ともよべる「なつかしさ」を感じました。

そして、心地いい安心感も・・・

古いものには独特の「ぬくもり」が宿るような気がしました。

 

さいきん世間がどんどん世知辛くなっている気がしてなりません。

その原因のひとつが、再開発に代表される「古いものの喪失」があるような気がしてなりません。

「新しいもの」や「より便利なもの」がもてはやされる一方で、ほっとできる「安らぎ」が減っているのではないでしょうか。

 

「遠ざかる風景」という小椋桂のアルバムを、中一のときに買いました。

今でもたまに聞きたくなる、名盤中の名盤です。

このアルバムの中で、小椋さんは「古きものへの愛」を余すことなく表現しています。

いちど失うと、もう二度と触れることはできない・・・

 

人間の死も、街の変化も、人との出逢いも、すべては諸行無常・・・

過行く夏を感じながら、少しだけメランコリーな気分になりました。

 

心のカゼ・クリニック

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